…ここは運用監視コントロールルーム、今日もサービスを安定稼働する為にたたき上げの技術者が日夜監視を続けている。
そのコントロールルームの中央に座っている壮年の男性、司令官はあごひげをさすりながらオールグリーンの正面スクリーンを見つめていた。


「ここの所、何の問題もなくサービス運用できている様だな、君はどう思う?」
「はい、以前より問題多発だったサーバーも改修が完了、負荷が上昇しているDサービス用のサーバーも増強を行いました。万全です」
隣に立つ若い副司令官はそう答えた。今月半ばに完了した機器増強計画の責任者としての自信だろうか。
「ふむ…」
司令は立ち上がり、スクリーンへ歩み寄る。
画面上ではせわしなくグラフが更新され、時折現れるイエローインジケーターも程なくグリーンに戻っていった。


「…先月の第23次ストレージ障害、今月始めの第39次ネットワーク障害…」
司令は数限りなく続いてきた障害戦名をつぶやく、先月の事がまるで昨日の事の様に思い出される。どれも大きな障害だった、犠牲も少なくない。次々と現れる障害に対し勝利を続ける歴戦の本隊も、辛勝としか言えないような戦いも多かった。

皆戦いに疲れ切っていた、増え続けるサービス、一向に減らない障害、追いつかない自軍強化。平和が当然と思われ、隊に対するバックアップはいつだって薄い。皆の幸せを守る尊い戦いであっても終わりなき戦いは皆の心の負担だった。


「…これは終わりのない…不毛な戦いなのでしょうか」
副司令は遠慮がちに皆が感じている疑問を吐露する。司令は一呼吸置き、そのままスクリーンに向かって答えた。
「…不毛かもしれん、しかし無駄ではない、我々の努力の上に顧客満足度が立っているのだ」


「これは誰かがやらねばならん、その誰かが我々だ。そしてなにがなんでも我々はやらねばならん、逃げ出してはいかんのだ」
「はい、私もそう思います」


司令は副司令に正対し、肩に手を置いた

「君はまだまだこれから成長する、期待している」
「有り難う御座います、がんばります」


司令は満足げな顔で司令室を出て行った。



「無駄ではない…か」

副司令はもらった答えにとりあえず満足し、任務に戻る為に画面に振り返った。

  • -


「…やっぱりおかしいですね」「誤報じゃないの?最近追加した機械でしょう?」


「どうした?何か異常が?」
ステータス画面を見回る副司令は、一つの画面を見つめていた二人の女性オペレータに話しかけた。

「あ、副司令、20分前からこのインジケーターが黄色のままなんですよ」
「どこだ?」
「Dサービスなんですけれども…」

画面には先月Dサービス増強用に追加されたサーバーの不調が表示されていた。


「最近…追加した機か」
「はい、サービス自体は正常に動作しています、しかし、余り詳細な情報が取れなくて」

薄い顧客からのバックアップ、単純で暴力的なコスト削減。Dサービスの増強はそんな流れの中で行われた。改善増強など名ばかり、別の前線からの退役転用機であり、新型ではなかったのだった。


−−こんな調子の悪い機械を増強と言って使わなければならないとはな…


「…これから負荷が高くなる時間帯だ、特に監視を続けろ。今日一杯も続く様ならば現地に偵察隊を派遣する必要があるかもしれん」
「はい、了解しました」


人員は限りがあった、自分の一存で今すぐ偵察部隊派遣を決める事などできなかった。
残念ながら彼は未熟だったのだ、権限も、勘も。

  • -


平穏な時はいつも唐突に破られる…


「司令!レッドアラートです!Dサービスの負荷が急激に上昇!尚も上昇を続けています!」
輻輳をおこしています!レスポンス悪化!加速度的に負荷が上昇中!」
「ゴヒャク発生の可能性が80%を超えました!」


「落ち着け!通常のバースト負荷だ!監視しつつ過ぎ去るのを待て!」
「司令!大変です!該当サーバーのシステム温度が急激に上昇しています!」

司令は立ち上がり、赤くなったインジケーターをにらみつける。
「なんだと?どういう事だ!この間増強した機だぞ!新型ではないのか!?」

副司令は力なく事実を伝えた
「司令…あれは…退役転用機です、新型ではありません」
「何!?」


「温度はなおも上昇!クリティカル領域に近づいています!」
「うろたえるな!!緊急冷却システムを作動させるんだ!」

オペレーターの悲痛な叫びをたしなめる様に司令は一喝し、副司令に指示を飛ばす。


「エマージェンシークーラー起動準備」
副司令は自分に言い聞かせる様に落ち着いた声で、はっきりとオペレーターに指示した。

「エマージェンシークーラー、起動準備完了しました」

「司令」
「うむ」

副司令が司令に準備完了を伝えると、司令はコンソールのレバーに手を掛けた。
「エマージェンシークーラー!起動!」


「エマージェンシークーラー起動を確認!要求出力最大!」

タービンの回転数が上昇するにつれて、スクリーンに表示される温度グラフの伸び率が鈍ってゆく。


「しのいでくれよ…」
司令のつぶやきは全員の願いだった。


しかしその願いは届かない。

「だ、ダメです!依然として温度上昇!」
「なんてこった!!もたんぞ!高負荷はまだおさまらんのか!!」
「高負荷の原因になっているプロセスが追跡できません!尚もLoadが伸び続けています!」
「ぬうっ!こうなったら仕方がない!再起動でプロセスを整理しろ!」

サービスへの被害を最低限に押させる為に司令はサービスエンジンの再起動を決断、副司令がそれを受けて叫ぶ。

「再起動シーケンスを実行!」


「再起動シーケンス実行!……だ、ダメです!コマンドを受け付けません!」


司令は悪化する一途の状況にいらだち、思い切り机に拳をふりおろす。

ドン!

「なぜだっ!!まさかリモートシェルが通らんというのか!」

「温度がクリティカル領域からシャットダウン領域に近づいています!このままではサーバーが!ああっ!HTTP反応がなくなりました!」


「なんということだ…」
副司令は自分の判断が誤っていた事を悔やんだ。あそこで人員を現地に送っていれば…。


「…続いてPING反応も沈黙…、司、司令…」
「…ハードウェア障害、サーバーダウンだというのか…」
「糞っ!おんぼろめ!」


副司令はなにか使える手がないかと必死に考える

「オペレータ、ホットスタンバイ機は?」
「有りません、Dサービスはコスト削減のためにシングル稼働です…」

そう、そんな物無いと分かり切っているのに。


「ファ、ファシリティは…?」
「手順書しか読めぬ爺どもになにができる!約にたたん!」

司令は副司令の言葉を遮り、吐き捨てる様に事実を叫んだ

鳴り続けるアラート、もはやオペレータが報告できる状況変化もこれ以上は無かった。


この時点で遠隔からの万策は尽きた様に思えた、被害は甚大にならざるを得ないだろう。

「司令…」
すがるような目で副司令は司令を見つめた、きっと司令ならばここで起死回生の策を打ってくれるだろう、と。
しかし、司令の命令は非情な物だった。


「…もはや顧客からの苦情は避けられん、自沈する!」
「まさか!やめて下さい!」
「もはや長時間のサービス停止はあきらかだ!」
「そんな!」
ロートルなんか引っ張ってきたお前が悪いのだ!」
「ええっ!?」

司令は突如副司令に責任をなすりつけ始める。
もはやコントロールルームは混乱の極み、
一刻も早く現地に人間を送り込まなければならないことは明白だが、何にせよ遅すぎるのだ…。



そんな時、突然オペレータが叫んだ

「し、司令!現地近辺にいる隊員から通信がはいっています!」
「なに!どこの人間だ!?つなげ!」

画面に現れたのは新人のSEだった。

『待って下さい!まだボクが居ます!現地に!現地にいけば!』

「し、新人だと!そんなのは無茶だ!」
そう叫ぶ副司令


「いや!もう彼に託すしかない!」
司令は新人に向かって言った

「君の双肩に隊の存亡がかかっている!責任重大だががんばってくれ!」
「無茶ですよ!!新人を一人で現地に送り込む訳にはいきません!」
副司令は新人に困難な作戦ができるわけがないと食い下がる

しかし現地の新人にまで現実を突きつけられた
『そんな事を言ってサービス停止時間をのばし続けたら賠償ものですよ!!』
「……」


『大丈夫です!私の隊員章も伊達じゃありません!』
「頼むぞ!」

無茶だ…、副司令は司令と新人の会話が冗談にしか聞こえなかった。

『ではこれから現地に急行します!』

そう言って新人からの通信は切れた。


「…彼は大丈夫でしょうか」
「さあな…祈るだけだ」
「祈るだけ…我々にできるのは祈るだけなのですね」
「後は新人にどうやって責任の大半を押しつけるかを考えねばならん」
「!?貴方って人は!なんて酷い!」
「わめくな!」

司令は突然副司令を突然殴りつけて言った

「馬鹿者!視点を広くもて!あいつは新人だ!怒られてもしかたがない!」
「うう、そ、そんな…そんなの間違っています!」
「うるさい!みんなそうやって成長するのだ!」
「彼は悪くありません!彼の責任じゃない!」
「ではロートルをひっぱってきた計画の責任者である貴様が全責任を取るのか?」
「それは…元はといえば顧客が…」
「言い訳はいらん、仕方がないのだ。世の中はそうなっているのだ」
「…顧客満足よりも重要なのですか?」
「ひいては顧客満足に繋がる、君もいつかは分かる」
「しかしっ!」
「くどいっ!!私に意見を言う暇があれば現地に増援をおくれ!そして新人をサポートしろ!もしかしたら上手くいくかもしれんのだからな」
「…わかりました。オペレータ、通信回線を私につなげ」



司令は自分の席に座り、副司令を殴りつけた手の痛みと、ずっと昔に自分が同様に殴られた時の記憶をかぶせていた。

「…そろそろワシも交代の時か…」

喧噪に包まれるコントロールルームにそのつぶやきは消えていった。

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http://plusd.itmedia.co.jp/pcupdate/articles/0510/26/news124.html
を上みたいに活用したいとかいったら凄い笑われた。


というか長文すぎる!